イタリア-ミラノ在住のフリーライター "佐武 辰之佑"のブログ
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プロフィール

佐武 辰之佑(さたけ たつのすけ)

Author:佐武 辰之佑(さたけ たつのすけ)
1976年生まれ。富山県高岡市出身。小説家、フリーライター、フォトグラファー。
大学卒業後、各国を放浪しながら執筆活動を続ける。オーストラリアをバイクで4万キロの旅をし、その後アジア、ヨーロッパを回る。2007年よりミラノ在住。イタリア・ミラノのガイド・観光情報サイト「アーモミラノ」責任者。取材、コーディネート、通訳兼アテンドなども承っています。

公式HP
アーモミラノ(ミラノ情報サイト)
本ブログ、サイトともフリーリンクです。



E-mail:tatsunon314159@yahoo.co.jp
twitter:@tatsupao



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女性の日と花売り


 3月8日。(Festa della donna)

 イタリアでは「女性の日」とされていて、男性は女性に「ミモザ」という花を贈ります。

  僕は車を運転していて、交差点で信号待ちをしていると雨に打たれながら花を売っている男に気が付いた。助手席の窓を開けると濡れた花を3束突っ込んできて「3つで10ユーロだ」と男は言った。肌寒い春の曇り空の下に佇む浅黒い男を見て、もしかしたらバングラデッシュ人かもしれないと僕は思った。「ひとつは幾ら?」と僕は聞いた。「4ユーロだ」と答えるので僕は5ユーロ札を渡し、信号が青に変わったので車を発進させた。

 イタリアの道端で花売りをしている人達はなぜだかバングラディッシュ人が多い。12年前のローマ、ひとりの花売りをしていたバングラディシュ人の青年をローマの春の夕暮れと共に思いだす。

 僕はアジアを3カ月ぐらい回ったあと、ビーマン・バングラデッシュという当時世界一胡散臭いと呼ばれた航空会社でローマに降り立った。カプチーノのあまりのおいしさにびっくりし、セスティーナ礼拝堂を見て人類がこんなものを作れるなんてと感動したイタリア2日目の夕昏ことだったと思う。
 イタリアに来てみたものの僕は旅を続けるお金もなく、バチカン広場に行って一番安いたべものを屋台で聞くとポップコーンだと言われた。僕はポップコーンを買ってバチカン広場の雄大な景色を眺め、どんなに食べても空腹が埋まらないポップコーンを必死で胃袋に放り込んでいた。そうするうちにどこからともなくハトがやってきて、ポップコーンを投げてやるとローマ中から飛んできたんじゃないかと思うほどものすごい数のハトが僕の目の間にやってきた。結局ポップコーンの3分の1ぐらいを僕が食べ、残りは無数のハト達によって速やかにローマの歴史の中に呑みこまれていった。
 その日の夕方、宿に帰る途中に「花を買ってくれないか?」とひとりの青年に呼び止められた。教会に面した大きな広場で、僕はその青年としばらく話をした。彼がバングラデッシュ人であること、僕が数日前にバングラデッシュにいたこと、いろいろと話が進んだがその時の僕は本当に花を買ってあげるお金を持っていなかった。そして僕は明日の夕方、同じ時間(5時ごろだったと思う)に僕はかならずここに戻ってきて花を買ってあげる約束をした。
 その次の日、僕はその広場で3時間ほど時を過ごした。結局その花売りのバングラデッシュ人の青年は現れなかった。でも今にして思っても、彼を待つと言うのはただその場で時間を過ごすための口実に過ぎなかったように思える。今でも僕の記憶のベールに焼き付いているのは、そこにあった美しいローマの夕暮れだ。教会の広場の前ではいろいろな人々が行き交い、異邦人の僕にとって日常と名のつく全く別の世界の側面だった。広場の右斜めぐらいからゆっくりと太陽が傾き始め、それと共にオーストラリアの雄大な大自然の夕暮れでもなく、アジアのエネルギッシュな焼けつく太陽でもない、今までに感じたことのないミルク色の夕暮れが歴史の織りなす風と共に、古い記憶をゆっくりと引き剥がすように襲いかかっていた。乳母車を押す叔母さん、大声で話す若者のグループ、別世界の日常を引き延ばされた逆方向から眺めるように僕は教会の前の階段に座り、深い歴史が生み出す幻想的な夕暮れに包まれていた。

 あれから12年経って思うこと。

 男達は相変わらず、いろんな理由の元に「花」を売り買いしている。

ショッピング帰りの出来事


 先日のこと、ショッピングセンター内のお店を出て1人の男に話しかけられた。呼び止められてすぐに男は二つ折りの財布を広げ、何かカードのようなものを僕に見せた。それがなんであるか確認する前に男は財布を片付け「レシートは?」と僕に聞いた。
 一体何が起こったのかよくわからなかったけど、どうやら警官らしい、と僕は思った。先月ちょっとしたことがあったのでもしかしたら偽警官じゃないかと思ったけど、ジャケットのポケットに手を入れるとお店のレシートが出てきた。それを見せると男は「じゃあ、身分証」とそっけなく答えた。気が付くとお店のほうに擦り切れた分厚いコートを着たもう一人似たような男がいてレジのおばさんと話していた。疑り深そうな中年私服警察官。
 僕が身分証を出すと二人揃って何か書類のようなものを書き始めた。

 以前どこかで聞いたことがあったけど、イタリアではレシートを発行しないと店が罰せられるばかりでなく、それを受け取らなかった消費者のほうにも罰金があるとのこと。僕はクリーニング店を出たところで、いつもならすぐに捨ててしまうレシートを服と引き替えをするために「たまたま」持っていた。これはレストランやショップでも抜き打ちで起こることらしい。

 警官が書類に書き込んでいる間、僕と店のおばさんはアイコンタクトで「マンマミーア!」みたいな視線を交わし合い、その場は解散となった。

 特に何事もなかったから良かったようなものの、この国で「お客様は神様」ではないとすると、一体消費者は何者なのだろうか?と、思った出来事。

旅と音楽


 旅の楽しみのひとつとして、CDを買うという行為が挙げられます。

 現在の世の中にはネットで音源を買うという人も多くいるんでしょうけど、僕は未だにCDを買い集めています。僕は以前アジアを回っていたときにしこたまCDを買う癖がついたためか、旅先で買うCDというものはそれもひとつの出会となり、思い出となって残ってくれるように思っています。

 ここ一年ばかり何度もスペインに行っているので、スペインの音楽CDが30~40枚ほど溜まりました。ネットでは見つからないような素晴らしい音楽に出会うと、世界の宝物をまたひとつ発見できたような気がします。
 日本やイタリアでも売っているのかもしれませんが、写真のCDは久しぶりにびっくりするぐらい気に入りました。

 やっぱり何事もほんとうに気に入るものを見つけるには、足を動かさないといけないのでしょうね。

 

イタリア文化的「全部大丈夫?」


 tutto posto?

この「ツゥット・ポスト?」というのは知り合いの間で出会った時に使う挨拶の言葉で「チャオ」の次ぐらいに出てきます。
 英語にすると「Is everythings ok?」というかなりピッピー的な発想の意味になりますが、まあ、直訳すると「全部大丈夫?」ぐらいの意味かなと思います。
 日本語の感覚だと「変わりない?」ぐらいのニュアンスで日常的には使いますが、「全部大丈夫?」というのと「変わりない?」って随分意味は違うものです。
 日本人だったらいきなり「全部大丈夫?」って言われたら、大丈夫なわけないじゃん!ってなりそうですね…。

 例えば今頃だったら夏休みの帰省ラッシュがあり、その人々の中には毎年恒例の夫婦喧嘩があり、ときには交通事故があり、結婚式の段取りで喧嘩しているカップルがいて、「夏休みの宿題」という単語にゆさぶられながらバックシートで寝ている子供たちがいます。

 要するにイタリアにも変わらない日常というものがありますが、そうゆう中で「全部大丈夫?」そして、誰しもが「OK」とか「いいよ」という挨拶をするのがイタリアの文化です。こうゆうのはイタリア生活のなかでも、まあ、良いことだなあと思います。

 今僕が「tutto posto?」と聞かれたら反射的に「OK」といいますが、毎日、毎日、週間天気予報の最大気温37という数字が低くなる日を待ちわびてカウントダウンしているような日々です。

 とりあえず、今年の8月のミラノは暑いです。クーラーがないのは致命的です。

 良いワインができるのかもしれませんが、来年はどこか涼しいところに行こうかなと思うほど…ほんとに。

イタリアのエコ意識の低さとそれにまつわる問題
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イタリアの街中では色ごとにリサイクルの分別がされている。写真の大きな鋼鉄ボックスは「黄色の箱」と呼ばれ,古くなった洋服を入れておくとリサイクルしてくれるというシステム。元々教会などの支援団体が発案したことから街中の教会の近くに設置されていることが多い。

箱の中に集められた古着はナポリの工場に集められ、綺麗にされたあと、アフリカなど途上国に支給される。

 一見非常に良いエコシステムのようだが、この回収団体の汚職が報道されたり、ホームレスの人が寒さをしのぐために中に入ろうとして命を落としたり、洋服を盗もうとするもの、中には赤ん坊が放置されていたという問題なども起きている。

まだ先進国の中ではエコに対する国民の意識が低いと言われているイタリアだが、こういった事件が続いているのもその理由の一つに挙げられるだろう。洋服回収システムの「黄色い箱」,イタリア全土には約2700個設置されている。